読書の論理は皆無
あなたは本に何かを求めて読んでいますか。
この質問は少しおかしいかも知れませんが、本によっても内容が異なりますので、基本的にコチラから何かを求めるというよりは、本から伝えたいことや求めているものを感じ取るという事の方が正しいかも知れませんね。
本が苦手な人にとっては、読書の魅力というものもわからないかも知れませんが、文字に慣れていくと想像力や知識が豊富になり人間的にも成長できるものだと思います。
苦手な理由として、やはり文字に慣れていない為に活字に拒否反応を起こしているか、ノンフィクションが苦手であり人など、色々だと思います。
そもそも肩肘を張る程のものではなく、読書は娯楽的感覚であり、エンターテイメントとして考えれば良いので、まずは興味をそそる本を手にすれば良いのです。
また、本を読むことはその人にとって最終的にある結論をだす行為ですから、みんなそれぞれ異なり、一番快適な本の読み方や方法で読書をするべきです。
それに読書はこうであるという理論なんてものはないのですから。
ノンフィクション
ノンフィクションの醍醐味といえば、筆者の書いた活字から世界観に共感することが出来ることだと思います。
司馬遼太郎などのノンフィクションは、下手な小説よりも断然に楽しいですし面白いです。
なかには苦手な人もいるでしょうが、ノンフィクションは事実をもとに著者のフィルターを通して改めて構築していることになるため、その言葉の切り口や描写の仕方が、物事の本質からピントがズレ始めると読む人の心に響いてこないかも知れません。
これらは事実に対して著者の鋭い分析が必要で、さらに筆者のオリジナリティーも確実に必要になってきますから、筆者独自の目線が要求されると思います。
また、フィクションの本は、自分の頭の中で色々想像する事ができ、この時の言葉はどのような思いで発言したのだろうかとか考えながら読むと楽しいですね。
渡しの場合は、読んでいる文字が映像となってストーリー展開していき広がっていきます。
性格的にも感情が入りやすいというのも理由かもしれませんが、主人公だけではなく登場人物の気持ちに成りきって読むと好きになれるかも知れませんよ。
今まで何百冊と本を読んできましたが、本を掛ける人は尊敬しますね。
時代を追ったものや恋愛もの、政治の本や経済の本、それだけの知識と想像力と語学力がなければ人を引きつけられる本を書くことは出来ないのですから。